スプラウトの療育

スプラウトのこれまでの歩み

1995年4月1日スプラウトの前身「仙田子どもの発達研究所」を東京都練馬区石神井町に設立した。
所長の仙田は、それまで25年間にわたり東京大学医学部付属病院精神神経科にて教育職技官・臨床心理士として勤務していた。主な仕事は、外来の患者さんの心理査定、医学部学生の教育、小児部にて発達障害を持つ子どもさんのデイケアを通しての治療教育および親御さんへの支援であった。
また、付属看護学校の非常勤講師として看護学生の教育にも従事した。
さらに、研究活動として自閉症を中心とした発達障害の発達や治療教育技法の開発に力を注いだ。小児部の同僚たちとの研究、実践の成果は太田昌孝、永井洋子編著「自閉症治療の到達点」「実践マニュアル」(いずれも日本文化科学社)として結実した。

1970年ころより、地域協力の一環として練馬区の保育園に在籍する発達障害児の保育について助言をする巡回相談に携わることとなった。練馬区では全国に先駆けて所謂「障害児保育」を実施していたが、この頃日本ではまだまだ自閉症など発達障害についての理解は乏しく、親の躾や育て方に原因が求められたり、科学的な根拠のない民間療法がはびこっている時期で、親は勿論のこと現場の保育士のご苦労は並大抵のことではなかった。そうした地域の実情に触れ、大学で学び、実践をしてきた成果をなんとか地域に役立てていきたいとの思いから「仙田子どもの発達研究所」を設立した。

プログラムはマンツーマンによる個別の発達課題と、小集団による社会性や自己表現課題の組み合わせで、1時間40分の療育、週1回の通所であった。
当初は数名の子どもと数名のスタッフだったが、あっという間に100名を超える通所児、スタッフも常勤5名に加えアシスタントとして大学院生ら10名前後の大所帯となり、石神井町から現在の高野台へと引っ越し、3つの部屋を借りて治療教育を行うようになった。

地域支援では、保育園の巡回相談に加え、学童クラブの巡回相談も開始された。また、講演会や講習会など発達障害に対する理解を広げる活動やより広い親御さんへの支援に特化した支援事業部も立ち上げた。
自然の中で“感動”する体験をということで設立2年目より取り組まれた2泊3日の合宿も歴史を重ね、子どもたちからも「合宿またいこうね」と好評であるが、参加する子どもの数と活動を支援するボランティアの確保、資金面で規模や内容を再検討する時期に来ていることも事実である。しかし、合宿の夏の夜、天体望遠鏡で満月を見たときの子どもたちの目の輝きを忘れることはできない。
どんな子どもにも大きな可能性がある。その可能性をご家族とともに紡ぎながら豊かに開いていくお手伝いができることは、私どもにとっても大きな喜びである。今の私たちは経営的にも決して安定してはいない。しかし、誰もが生きにくい現在の社会の中で、一生懸命生活し、私たちの組織を頼りにしているご家族と子ども達がいる限り私たちは前に進もうと思う。
そして、私たちの活動を一層豊かなものにしていくには、組織面でも資金面でもより安定した組織形態にする必要を強く思うようになった。
この思いがやっと結実し、「仙田子どもの発達研究所」は「特定非営利活動法人発達支援研究所スプラウト」にその活動をしっかりとバトンタッチすることとなった。

理事長  仙田 周作